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小野銅工店の小野さん ~ 銅が奏でる町の風物詩 ~
「沼津のお爺ちゃん」、それが僕が小野さんに抱く第一印象だった。 初めて小野さんと出会ったのは、2020年の12月。素敵な銅工職人が沼津にいらっしゃると聞き、「ひととき百貨店」と面白いコラボレーションを行えないかと、小野銅工店に尋ねさせてもらった。 真砂町にある、周辺とガラッと違った木造建築から歴史を感じる小野銅工店。扉を開けたら目一杯映る銅工の工具棚と作業台、そして大切に飾られている多くの作品。いかにも職人の現場のような感じだった。 小野さんは親切に椅子やスリッパを用意してくれて、火鉢もつけてくれた。寒い冬の中、僕たちは火鉢を囲みながら、時の流れの温もりを感じた。 初対面とは思えないほど話が盛り上がり、小野さんという人物像が少しずつ自分の中で確立した。小野さんは20歳の頃にお父様から小野銅工店を継ぎ、3代目として50年間このお仕事に携わってこられた。小野銅工店自体は戦前のお爺様の代から、多種金属を扱う屋根工事やお寺・神社などに使われる銅製品の制作を主な仕事にしていたが、時代と環境の激変に連れ変わらざるを得ないと考えていた。体力面のことも踏まえ、小野さんは今、主に銅工体験ワークショップと小物作りに専念しているとのこと。 そもそも小野さんはなぜワークショップを開催しようと思ったのか。それはかつてから所属し、現在は組合長を担う建築板金組合の当時の仕事依頼がきっかけだったらしい。静岡県の技能士会から、市内の教育機関に対し銅工関連のワークショップを開催して欲しいとの依頼を受け、小野さんは銅板を使う企画を始めた。 最初はあくまでも「仕事」にするつもりはなかったそうだ。しかし、子どもたちが個性豊かな作品をつくりだしたときの笑顔に触れたり、手紙で「ありがとう」の気持ちを受け取ったりしたことで、徐々に考え方が変わり、唯一無二の体験を多くの人に届けられたという達成感から、心に大きなやりがいが生まれた。今は組合に関係なく、個人的に様々な場所で作る思い出が残るワークショップを開催し続けて既に15年に至る。 では15年間同じ内容を提供してきたのか。答えはもちろんノーである。「同じものをずっと作るのは限界があるからね、だから少しずつ新しいことに取り組んできたよ」と小野さんは語る。子どもに限らず、関心を持つ全ての世代を対象とし、鉄板からお皿、お皿からカップ、上級者向けには鍋類の製作など、「やってみたい」の気持ちを大事にしながら、それぞれの技術のレベルに合わせて選択できるようにした。小さな進化を重ね、ものづくりを体験したみなさんが、家族の分も追加でつくったり、更に難しいものにチャレンジしたりというように、より深くものづくりの楽しさを感じてもらうきっかけになった。 体験したみなさん1人1人と丁寧に接し、熟練度の向上や表情の変化を感じることで、小野さん自身も、次のヒントを得られる。そのウィンウィンなバランスがうまく保てられているからこそ、15年も飽きずに継続してきていることが非常に感慨深い。 小野さんは、これまでの経緯を熱く語りながら、僕たちのために工具を用意してくれた。「一度作ってみましょう」と誘ってくださり、お言葉に甘えてプレミアムワークショップを体験させてもらった。 ど素人の僕たちでも優しい言葉で丁寧に教えてくださり、何度も修正を入れてくれた。その丁寧な対応力があるから、こっちもめげずにもっと良いものを作りたいと思える。イメージしたものを形にする技術が足りない部分を、小野さんがステップごとに指導とサポートをしてくださった。ついに、良い作品を完成させることができ、大きな達成感と喜びを感じることができた。実のお爺ちゃんのように、小野さんは温かい目で見守り、その空間、時間、そして僕たち、全てを包み込んでくれる。何となく、小野さんのワークショップの人気の理由がわかった。
もちろん小野さんは「ひととき百貨店」との企画を快諾してくださった。準備段階を踏まえ、僕たちは沼津住民全年齢層に向け、世界で一つだけの名前入りスプーン体験ワークショップを計4回開催した。小野さんと「ひととき百貨店」両方のファンが集まり、またそのファンたちが新たな参加者を呼び込み、満員状態が続いた。 不思議に開催の回ごとに集まる方の色が違ってきた。その中で小野さんも接し方を調整し、子どもにはより丁寧に、大人には逆にアイデアを勧めたり、臨機応変さと柔軟な対応力に圧倒された。
だがそれよりも小野さんの素敵さが分かるエピソードがある。それは参加した子どものみを対象とした写真サービス。子どもたちが夢中になっている姿にシャッターを押し、その場でプリントアウトしプレゼントする。一番自然な表情を切り取って、その瞬間を永遠に変える。親子が喜ぶ姿も、小野さんが追求するやりがいの一つだろう。 ではこれから小野さんは何を目指すのか。 「ひととき百貨店」としての小野さんは今後より多くのワークショップを開催し、さらに多くの方々と出会い、教える喜び、そして十人十色の参加者との交流の中で新しい刺激を得たいと伝えてくれた。そして何よりも多くの方々に商品を購入するだけの一時的な薄い感動ではなく、自ら手を動かすことで初めて得られる思い出を残していきたいと強く願っている。
また職人としての小野さんは最終的に「手工業の次世代育成」という高い目標を掲げている。ら医療生産で安価に作られる物に太刀打ちできず、一代で惜しく辞める職人が多くいる中、小野さんは自分の努力で、多くの若者に想いを形にする価値を伝え、関心を持ってくれる人を育みたいと考えている。ためらうことなく、知恵と知識を伝えていきたいと意気込んだ。そして銅工に限らず、全ての分野の未来を考える小野さんの器の広さも伝わってきた。
「ものを作るのが上手というだけでは一流の職人にはなれない。本当の一流は後継者を育てる。」
これは職人の世界で受け継がれてきた言葉らしい。そして小野さんもこの言葉を大事にし、日々その更なる実現に向かっている。でも僕から見ると、小野さんはもうとっくに一流の職人なのだ。
お互いの理念を大切にしながら、これからも、「ひととき百貨店」は、小野さんと共に多くの「時」を作っていきたい。
カン、カン、カン…
聞こえますか?沼津の街中に響き渡る金属をたたく音。
それは小野さんが奏でる町の風物詩なのだ。